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  • Tetsuo Kuboyama

Column: Hospitality Topics #5テーマパークとホテル① キャッシュフローの源泉はインターナル・マーケティングにあり


<要旨>

①個々の顧客の価値観の多様性に応じることは,一見,不可能に見える,あるいは無駄に見えるが,実際は収益の最大化を支える

②顧客の多様性に応じるためには,企業は従業員の価値観の多様性に応じる必要がある

③従業員の自己実現(QOL型,QWL型いずれも)を支援する新しいインターナル・マーケティングの構築が必要だ


先日,HISが傘下のハウステンボスを売却するというニュースが報じられた。筆者は1992年3月に開業したハウステンボスに,1991年12月から1997年4月まで関わり,園内の5つのホテル(合計880室)の同時開業ならびに運営に携わっていた。当時はバブルの終焉を迎えた時期であり,本体のテーマパーク自体はその余波をまともに受けてしまった。にも拘わらず5つのホテルは一度も収益を下げることなく、着実な成長を果した。


本体(親会社)が経営的に危機に瀕すれば,その子会社や関連会社も一蓮托生となるのが自然だと思われるだろう。しかし,そういう諦観はおかしい。国の経済が悪化すれば,あるいは少子高齢化すると自社の経営状態が悪化するのは仕方がないとするならば,経営学やマーケティングは何のために存在するのだろうか。


テーマパークが苦戦する中,園内のホテル運営会社の業績を伸ばせた要因は,ホテル会社としてのPLを独自に持たせてもらったことにある。テーマパーク全体のPLだけでは,どの事業部が貢献したのか,あるいは何を改善しなければならないのかが見えなくなる。そこで当時私はテーマパーク本体の経営陣に掛け合い,ホテル単独のPLの作成を許可してもらった。そうすることで,テーマパークの集客力に依存するような思考に陥ることなく,ホテル事業として明確な戦略を打ち出し,その実行に邁進することができた。


5つのホテルのうち旗艦ホテルである「ホテルヨーロッパ」は開業から8か月でLHW(高級ホテルの国際コンソーシアム)への加盟を許され,また,平均客室単価日本一を達成(日経産業新聞,1995)するなど,高級ホテルとして国内外の富裕層を迎えた。ホテルに宿泊した経験もないような新人ばかりだった従業員たちと共にこうした成功を収めることができたのは「多様性に対応したから」だと言える。


ホテルのサービス人材の能力は,哲学,技術,体力の3要素に分類できる。技術の向上には時間が必要だが,体力は若手の方が勝っているし,哲学の修得は年齢や経験に関係ない。従って,当時,筆者が最も注力したのはインターナル・マーケティングを通じた従業員の多様性への対応だった。全ての従業員が心身充実し,仕事に打ち込む態勢が整っているわけではない。私生活に不安があったり,外国籍の従業員の場合は言葉や文化の違いで戸惑っていると仕事どころではない。また,結婚や出産,子供の学費など人生の様々なステージにおいて必要となる資金や,仕事に費やせる時間も変化するものだ。その時々の従業員の望む働き方,現時点での人生計画に寄り添い,目指すキャリアの実現を支援する企業の姿勢が重要だ。

例えば,人事部に設けたFR(Family Relation)という係は,従業員の私生活に関する様々なサポートを行う係である。例えば,病気の家族を抱えた従業員に対しては,業務の都合がつかない時には本人の代わりに見舞いや届け物をする。赴任したばかりの外国籍の従業員に対しては,水道やガス,電気の契約,役所への書類手続きをサポートする等。FRの他には,社長自らが若手従業員の公私を問わない質問に答える「社長懇親会」,上司が部下のために主催するバーベキュー大会などを通じて組織の上下,部署横断的なコミュニケーションの円滑化を図り,また,社長以下全員参加のマラソン大会では,従業員の多様な能力にスポットを当てることを狙いとした。


特筆するべきは,5つのホテルへの従業員の配属システムである。5つのホテルは個々にテーマ性を詳細に設定することで収益性の最大化を目指していた。会員制の「迎賓館」(ハウステンボス事業関連企業を対象)を頂点とし,高単価の「ホテルヨーロッパ」を旗艦ホテルとして,セカンドブランドの「ホテル・デンハーグ」「ホテルアムスデルダム」,そして,ファミリーやグループ客向けにカジュアル化された「フォレストヴィラ」のピラミッド構成とした(図1)。ピラミッドの下層に行くほど単価は下がるがマーケットは大きい。一方,上層に行くほど単価は上がり,マーケットは小さくなる。これを社内では「ピラミッド理論」と呼び(海老原,1997),顧客層を区別し,付加価値(ハード,ソフト,ヒューマン)の表現手法を細かく規定した。価格の違いはあってもホテルブランドとしては統一したコンセプトを持たせることを目指した。

(図1)ハウステンボス内5ホテルの構成

出典:海老原(1997)


新入社員にとっては,自分がどのホテルに配置されるかということについて,心理的な混乱が伴った。多くの従業員が憧れたのは旗艦ホテルである「ホテルヨーロッパ」であったからだ。もし放っておけば「ホテルヨーロッパ」に配属された従業員は優越感を覚え,逆に,最もカジュアルなカテゴリーにある「フォレストヴィラ」に配属された従業員のモチベーションは下がり「カジュアルなホテルなのだから,技術はそれほど必要無いのではないか」というアマチュア意識が沸いてくる状態になる。また,優越感を持った「ホテルヨーロッパ」の従業員が他ホテルに対するリーダーシップを発揮する期待よりも,従業員の団結力を弱める可能性が危惧された。技術への動機付けが個々にバラバラになり,高品質なホテルブランドとして統一することが困難になる。理想とするホテルコンセプトは,どの価格帯のホテルでも,高度なモチベーションを持ったホテルマンによる高品質なサービスが提供されることである。このコンセプトを実現するために,人員配置に戦略的な工夫を取り入れた。ホテルごとに人材を固定せず,定期的にローテーション配属を行うことにした。つまり,「ホテルヨーロッパ」に配属された新入社員の3分の1は,翌年には「フォレストヴィラ」に配置される。また同様に,「フォレストヴィラ」に配属された新入社員の翌年の配置先は「ホテルヨーロッパ」とした(図2)。


(図2)5つのホテルを循環する人員配置

出典:窪山(2021)


この人事政策は効を奏した。「フォレストヴィラ」の従業員は,次に配属予定となる「ホテルヨーロッパ」で求められることを自発的に学び,それが普段のサービスにも生かされたため,カジュアルな「フォレストヴィラ」のサービスが自然と高質化していった。結果的に,このホテルは顧客の高い評価を最も集めた。顧客の視点からすると,価格帯はリーズナブルであるのにサービスが素晴らしいという,理想的なホテルとなっていた。また「ホテルヨーロッパ」に配置された従業員は,無用な優越感に浸ることはなく,次に配属される「フォレストヴィラ」においてリーダー的な存在としてチームを引っ張った。


***


仕事を通じて自己実現をするQWL(Quality of Working Life)重視派の従業員も,理想的な人生を優先したいQOL(Quality Of Life)派の従業員もそれぞれやり甲斐をもってホテルサービスに従事できる体制を整えることは,顧客との価値共創を更に充実させる。顧客接点において従業員は,表出している顧客のニーズに加え,顧客自身も気づかない価値に気づき,その実現を支援するために動くことができるようになるからだ。こうした深いレベルでの価値共創が実現すると,顧客満足と消費単価,リピート利用が促進され,キャッシュフローが力強く伸びていく。従業員のサービスのプロとしてのこうした姿勢は,たとえ新人であっても顧客の共感を生む。このことは興味深いことに,脳科学の研究でも裏付けられる。人間は「生まれつき共感的」であり,無意識の内に共感する(De Wall, 2009)。具体的には脳のミラー・ニューロン(鏡のように相手の行動を自分に映す神経細胞:Rizzolatti & Sinigaglia, 2005)が他者への共感を生むとことが分かっている。従業員が真摯にサービスに向き合うことができなければ,どんなに表層的な技術をひけらかしても,顧客の共感,感動を引き出すことはできない。企業としてやれることは,インターナル・マーケティングを通じて個々の従業員の多様性を受け入れ,従業員の職業人としての,もしくは個人として追求する幸せの実現を支援することで,顧客接点を充実させることと言える。いわゆる「箱モノ」ビジネスであるホテルの運営戦略は,どのようなジャンルのホテルであっても究極的には,いかに単価を引き上げ,リピート利用を促進するかに集約される。それを支えるのが,顧客が従業員に共感を抱くような顧客接点を構築することであり,それは全ての従業員の各々の自己実現を支援するコンセプトを有するインターナル・マーケティングにかかっている。


……「テーマパークとホテル② なぜIRは持続的なエコシステムになり得ないのか」に続く


References

海老原靖也(1997).「テーマパーク及び高級リゾートホテルの経営戦略と展望」社団法人日

 本オペレーションズ・リサーチ学会第37回シンポジウム資料,4月1日開催

窪山哲雄(2021).「価値共創型サービス・マネジメントの実践的フレームワークの創   

 生-サービス特性を焦点としたマーケティング研究-」学位論文(経営科学博 

 士),京都大学学術情報リボジトリ

日経産業新聞(1995).「NHVホテルズ 客室単価日本一に」『日経産業新聞』3月29日,  

 p.21.

De Wall, F. (2009). The Age of Empathy: Nature's Lessons for a Kinder Society. New

 York: Three Rivers.

Rizzolatti, G. & Sinigaglia, C. (2005). So quel che fai. Il cervello che agisce e i neuroni

 specchio. Mitano: Cortina Raffaello. (Translated by Anderson, F., Mirrors in the  

 Brain: How Our Minds Share Actions and Emotions. Oxford University Press)

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