top of page
  • Tetsuo Kuboyama

Column: Hospitality Topics #4シティホテルはリゾートに学べ

Column: Hospitality Topics #4

シティホテルはリゾートに学べ


執筆者)窪山哲雄


高級シティホテルの運営の在り方について,ヒルトン創業者コンラッド・ヒルトンの右腕として同社副社長及び米国ニューヨークのウォルドルフ・アストリアの総支配人を務めたFrank G Wangeman(1921-2000)は,ウォルドルフで勤務していた私に「高級シティホテルの運営はリゾートから学べ」と語った。今回のコラムでは,それが何を意味しているのかについて解説する。


高級シティホテルとは,都市の中心エリアに位置し,宿泊施設の他,レストランや宴会場などフルスペックのサービスを展開するホテルを指し,日本でいうならば,帝国ホテルやホテルオークラなどが該当する。こうした高級シティホテルの運営手法としてWangemanは「リゾート感の演出が重要」と指摘した。


Wangemanの言う「リゾート感」とは「テンポ(会話の速度、身振り手振り、目配りなど)」で演出できる。例えば顧客との会話は単刀直入であってはならず,必ずワンテンポ置く。ウォルドルフでは「お客を和ませる、ワンフレーズの即興を入れること」を接遇ルールとし,迅速さを表現しすぎるニューヨークっぽいAgility(俊敏性)を嫌悪した。この価値観は,顧客とも共有された。すなわち,洗練されたニューヨーカーとはどうあるべきかを,顧客にも常に意識させていた。枕詞が無い会話などスタイリッシュではないとされた。Wangemanは「ウォルドルフには急いでいる客はいない。いてはいけないはずだ。我々の顧客は深慮の人であり,軽慮な人ではない」と常に言っていた。従業員は顧客と接する際に「ごきげんよう,Mr. Brown,気持ちの良い朝ですね」などと,余裕を感じさせる会話をするように指導されていた。Wangemanはウォルドルフ・アストリアをニューヨークの喧騒から外れた特殊な空間にしたかったのだ。


こうしたテンポへのこだわり,喧騒からの回避は,ホテルオークラの初代社長野田岩次郎(1897-1988)にも見られた。野田も,従業員の慌ただしい動きや顧客が騒ぎ立てたりすることを戒めた。全てのエレベーターの開閉ボタンから「閉める」の表示を削り取ってしまったのは有名な話だが,背景には「ホテルにはAgilityは不要」という価値観が存在していたのだ。エレベーター前で女性スタッフが、深々と首を垂れる所作もOkuraの「静謐感」を表し,客のテンポをコントロールする。野田は1985年,英ユーロ・マネー誌のホテル番付で一位になった際,日経産業新聞のインタビューで「お客様が到着された時,疲れがすーっととれるような静けさがロビーになければだめだ」と答えている(日経産業新聞,1985)。遠い国からやって来る顧客もいる。ホテルは真の休息の場でなくてはならない。日本の伝統美でもあるTranquility(静謐感)を評価させたかったのだろうと解釈できる。ホテルオークラ東京は建て替えを経て2021年に新しくなったが,今でもエレベーターには閉ボタンはない。


帝国ホテルの元社長犬丸一郎(1926-2020)も,やはり喧騒を嫌った。「Wangemanに,まるでグランド・セントラル・ステーションみたいなロビーだなと言われたよ」と苦笑していた。一時はフロントチェックインスペースを2階に移動しようかと思ったこともあるそうだが,犬丸はロビーの天井の高さを重視し,移動させなかった。天井の高い空間によって喧騒を制御し,威厳を表現しようとしたのだ。


慌ただしいサービスや喧騒を避けることがなぜ重要なのか。それは,価格戦略の中核となる「顧客戦略」を決定付けるからである。

Wangemanがこうしたコンセプトを戦略的にホテルサービスに反映したのは1970年代,折しもニューヨーク市内の競合ホテルとの顧客争奪戦が激しく,また,1931年に建設された施設設備は老朽化していた頃だった。こうした中で顧客に選ばれるホテルになるためには,コモディティから脱却し,独自の魅力を表現する必要があった。そこで「リゾートに学ぶ」のだ。なぜならば,欧米の高級リゾート―例えば,サンモリッツかデンバーどちらに行くか―は,ホテルによって決定されるからだ。デンバーのホテルは施設設備のグレードが高く,サービスは都会的だ。一方スイスは,施設設備のグレードは劣るが,ゆったりとした独特な接遇を展開し,顧客を魅了している。


顧客がほっと一息をつける空間とチャーミングなサービスは,顧客接点を充実させる。ホテルの従業員は顧客接点において,更にその顧客の志向・嗜好を把握し,商品サービスをそれにフィットさせることができる。結果として,顧客の消費額向上やリピート利用の促進が期待できる。


1980年代中盤,ホテルニューオータニの元副社長であった岡田吉三郎は「朝食に力を入れよ,高級シティホテルはリゾートの朝食メニューに後れをとってはいけない」と,レストランの空間とメニューを一新するよう指示した。「Azalea(アゼリア)」というレストランの全面改装では,設計をMr. Dale Keller、照明設計を石井幹子が担当した。メニュー設計は当時の総支配人甲田浩から指名を受け,マーケティングを担当していた私が従事した。レストランはフロント業務とは異なり,顧客との接点が多い。よってニューオータニはこのメニュー設計を重要戦略と位置づけ,調理部に任せずにマーケティング扱いとしたのだった。この時私が取り寄せた海外の高級リゾートホテル,高級シティホテルのメニューの数は320にも及んだ。そして発案したのが「ダイアモンド理論」である。ダイアモンドの形は,メニューの種類と価格帯の分布を表す。サラダ,魚、肉料理など,それぞれ複数種類ずつあり,かつ,価格帯も程よく幅をもたせることで,ビジネスでもプライベートでも,様々なシーンで使い分けしやすくなる。また,顧客にメニューを選ぶ楽しみを与えることで「次回来たときには、あれを注文してみよう」という目的も生む。同じ食材でも調理法を変えるなどの工夫をすればコストをかけずにメニューのバリエーションは増やせる。また,海外のビジネスマンのニーズに応えるために,朝食を24時間対応とし,「Jetlag fixer(時差ぼけの人のための朝食)」をメニューに加えたところ,夜中にBreakfast Meetingをやるというジョークが流行った。また,ダイエットを志向している客にも好評となった。

一昔前までは,ホテルの朝食ほど割高なものはない,と言われるほど価格と内容がアンバランスなホテルが多かった。昼食と夕食と違ってほとんど全ての宿泊客が食べるのに,である。コストを限界まで削った朝食を慌ただしく食べてチェックアウトするほど不快なことはない。それと打って変わって,ニューオータニの朝食会場は優雅な時間が流れていた。


References

Copage, V.E. (2000). “F. G. Wangeman, 88, Dies; Innovator in Hotel Industry”, The New York Times. 28 May.

https://www.nytimes.com/2000/05/28/nyregion/f-g-wangeman-88-dies-innovator-in-hotel-industry.html

日経産業新聞(1985)“この人と5分間 世界ナンバーワンホテル”,7月3日付,日本経済新聞社

閲覧数:74回0件のコメント
bottom of page