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Tetsuo Kuboyama

Column: Hospitality Topics#2 易しく解説 サービス研究①「サービスマーケティング」と「価値共創」

更新日:2022年6月2日

「マーケティング」ではなく「サービス」がついた「サービスマーティング」は,その名のとおり,サービスを対象としたマーケティングで,一般的に認識されているマーケティングとは性格が違う。つまり,既に浸透しているマーケティングは「製品(モノ)」を対象としており,「サービスマーケティング」とは課題解決アプローチが違うのだ。従って,ホテルやレストランなどのサービス業がマーケティングを実践するときは,注意が必要だ。書店に並ぶマーケティングの本のほとんどはアメリカ型の「モノ」を対象としたマーケティングであるので,そのままサービスに応用するには限界があるのだ。


「モノ」と「サービス」の違いは何だろうか。一言で表現すると,それは「モノ」が事前に作っておけるのに対して「サービス」は,事前に用意しておくことができない性質にある。

どういうことか。実際のサービスのやり取りを想定して考えてみる。


あなたが,あるバーの常連客だとする。カウンターにつくと,何も言わなくてもバーテンダーはあなたの好みの銘柄のビールを覚えていてくれて,出してくれる。けれどもその時,たまたま,あなたがダイエットを始めていたとしたら,このサービスはうれしいが,ちょっと困ってしまうだろう。

バーテンダーが心がけるべきことは,同じ顧客でも,その日の体調や,前回この店を利用してからまた再び来店するまでに起きた出来事によって,価値観や嗜好が変化しているかもしれないということを認識し,その変化を掴む努力をすることだ。カウンターについた顧客の顔色を見て体調をうかがったり,さりげない会話をして「いつもの」お酒を出していいのかを見極めるというプロセスが,本当の顧客満足を達成することにつながるのだ。


もっと抽象化すると「モノ」は固体で「サービス」は液体とも言えるだろう(窪山,2014)。顧客は,一人一人,それぞれに志向・嗜好が異なる。それを様々な形状のコップだとすると,注がれる水がサービスだ。水はどんなコップの形状にもフィットする。水が氷の状態ならば,どうしても隙間ができてしまう。ここが顧客満足とのギャップになる。


さらに思考を進めると,そのコップの形状も,常に一定ではないことに気付くだろう。人間は日々,様々な経験をして,ものの考え方,価値観を変化させている。あなたが20代の時に観た映画を40代になってもう一度観ると,違った感想を持つように,サービスでもそうした現象が起きる。特に人が人に直接接するサービスでは,顧客の価値観の変化が毎日,毎時間の頻度で起こることもある。例えば,ホテルに宿泊している顧客に同じサービスをしたとき,昨日はとても喜んでくれたのに今日は叱られてしまったということは実は良くある。その時の顧客の体調や気分,対応する従業員との相性などによって,同じサービスでも評価が違ってしまうのだ。


コップと氷の間にできるギャップ,つまり顧客満足とのギャップはどのような時に生じてしまうのか。それは,サービス提供者にとって都合の良いサービスをした時に生じる。

先程のバーの例で読み解くと,バーテンダーが顧客に「いつもの」お酒を出すというサービスは「事前に用意された,固形のサービス」であったために,顧客を戸惑わせてしまったと言える。バーテンダーが顧客の顔と好みの酒を覚えていることそれ自体は素晴らしいことであるし,顧客は自分を認識してくれている,という意味では嬉しく思うだろう。しかし,プロフェッショナルなサービスとは,更にそこから踏み込んで,顧客のその時のニーズに自在に対応することだ。

サービスマーケティングとは,刻々と変化する個々の顧客の価値観に対応することを目的として展開されるものなのだ。そうして初めて,顧客の獲得・維持・発展が実現できる。顧客満足とはサービス提供者が想定するものではなく,顧客自身が決めることなのだ。


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では「モノ」は,顧客の価値観を無視していいのか。そうではない。でも限界がある。様々なメーカーはユーザーの要望を製品企画に取り入れるなど工夫をしている。しかし,製品として形にしなければならない以上,リアルタイム性は諦めざるを得ない。全ての顧客のニーズに100%応えることはできない代わりに,最適解,最大公約数のようなものを探って,それを製品に反映することになる。

製造業のこうした動きは,いわゆる大量生産・大量消費を前提としたビジネスモデルに陰りが出てきた頃から活発化した。「多品目少量生産」へのシフト,更には,製品を売るだけでは事業として成立しないため,製品購入後のメンテナンスサービスや買い替えサポート,サブスクなどの「サービス化」へとシフトしている。


製造業の素晴らしいところは,サービス業よりもずっと早い段階から学術の世界で展開されているサービス研究に着目していたところだ。特に「価値共創」という言葉は,サービスマーケティング研究の中心的な概念であるが,製造業が真っ先に実践している。「価値共創」とは,企業が一方的に顧客に価値を提供するのではなく,顧客と共に価値を創るという意味だ。「価値共創」しない企業は顧客が離れ,存続が危うくなると主張する人もいる。それだけ「サービス」が作りだす価値の大きさへの期待が大きいということだ。実際に主要先進国のGDPの約8割がサービス業で占められている。


製造業は「サービス」の要素を積極的に取り込み,様々な顧客ニーズの最大公約数をつかんで「モノ」を通じて顧客にサービスを提供している。コップと氷の例でイメージすると,水のように完全にコップの形状にフィットすることはできないが,氷の形を変えたり,砕いたりして,できるだけその形状にフィットするように努力している。


「価値共創」すなわち「『企業の独りよがりなサービスが良くない』なんて,あたりまえのこと」だと思うかもしれないが,では自分が日々実践しているサービスが本当に「価値共創」と言えるのか,是非考えてみてほしい。様々な気づきがあるはずだ。


サービス業は,その性質上,全ての顧客のニーズに100%フィットできる。しかし,サービスの現場においては,そうした対応が不可能なように思える,あるいはコストが高くつく,と誤解して,実践されていないのが現状だと筆者は分析している。

筆者のホテル運営実践をふまえて言えることは,100人の顧客ニーズに応えることは不可能ではなく,コストもかからないということだ。これについての具体的な手法は,次回以降のコラムで紹介したい。


Reference

窪山哲雄(2014)『ホスピタリティ・マーケティングの教科書』実業之日本社


#サービス,#マーケティング,#サービスマーケティング,#価値共創

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