• Tetsuo Kuboyama

Column: Hospitality Topics #3 多様性の時代のサービス:100人の顧客の100のニーズに応えよう

#サービス#サービスマーケティング#多様性#おもてなし


今回は,前回のコラム(Hospitality Topics #2「易しく解説 サービス研究①サービスマーケティングと価値創造」)に関連した内容です。


前回のおさらい

・巷の啓蒙本などによって浸透しているマーケティングは「モノ」を対象としており,「サービス」をマネジメントの対象とする「サービスマーケティング」とは異質なものだ

・「モノ」と「サービス」の違いは「モノ」が事前に用意できるのに対して「サービス」は事前に用意できず,顧客との相互作用によって成立する点にある

・「サービスマーケティング」とは,刻々と変化する個々の顧客の価値観に対応することを目的として展開されるものである

・顧客満足とはサービス提供者が想定するものではなく,顧客自身が決めることであり,顧客が求める価値実現を支援できた時,顧客の「獲得・維持・発展」も実現できる


前回のコラムでは以上のようにサービスに関する理論をサービスの実践に照らし合わせて解説し,そして「サービス業は,その性質上,全ての顧客のニーズに100%フィットできるし,そうすることが選ばれる企業になる条件である」というような趣旨を述べました。


こうした話をすると,必ずといっていいほど,「全ての顧客のニーズを叶えることはムリだ」「コストばかりかかってムダだ」という反応をされます。

けれども筆者の実践経験上,それは実現可能かつ無駄なコストはかかりません。合理的にシュミレーションすればそれは理解できると思います。


①実現可能性

レストランをイメージしてみましょう。100人の顧客の100通りのニーズにどのように対応すればいいでしょうか。レストランにやってきたお客様に「何を召し上がりたいですか」とは聞かないでしょう。レストランにはそれぞれ「メニュー」があります。そのメニューの中には,レストランのコンセプトやおすすめの食材,独自の技術などが反映されていますから,その中から顧客の好みに合うものを選んでもらうという第一ステップがあります。

メニューを戦略的に構成しておくと,大半の顧客はメニューから選択してくれるでしょう。


一方,そのメニュー内容では満足できない顧客には,第二ステップとして,個別にアレンジを施すことになります。それも,食材を変えずに調理法を変えるというような小さなアレンジから,メニューに載っていない裏メニューの提供まで,様々な対応方法があります。更に,こうした個別対応を望むのは大抵,顧客全体の2割以下です。現場が混乱するほどの規模ではないはずです。


良いレストランは,この状況から更に進化していきます。既存のメニューでは満足できない顧客が増えてきた場合,その傾向を踏まえて,メニュー自体を常に更新させるのです。そうすると,イレギュラー対応するべき顧客の率は常に2割以下に収まることになります。こうしたシステマチックな運営が,全ての顧客のニーズに対応することを可能にするのです。


②コスト

顧客全体の2割以下の特別客に対応することが,果たして無駄なコストと言えるでしょうか。こうしたロイヤルティの高い顧客を一人でも多く持つことが企業にとって重要であり,それにかかるコストはコストではなく,将来の収益の資源に対する「投資」と見做すべきです。現状の会計ルールでは,マーケティング費用はPL上でコスト処理されますが,非財務諸表上では,将来の収益との関連性を把握しておく必要があるでしょう。最近では知的資産(人材,組織,顧客)情報の開示を求める動きが世界中で起きています。労働集約的な業態であるレストランやホテル産業は,もっとこうした動きに敏感に反応すべきだと思います。


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さて,サービスは不安定でムダなことが多いという批判は,今に始まったことではありませんが,マーケティングの先覚者として著名なT. レビット教授が指摘されていたことは,サービスの弱点を突くものでした。


例えば,1976年に発表した論文「サービスの工業化」の中でレビット教授は,アメリカのある町にできたセルフサービスのスーパーマーケットを巡り,既存の物販店が猛反発をした出来事を批判しました。つまり,多くの人手によって小売業を営んでいた既存店が,小売販売の効率化に抵抗したことを批判したのです。レビット教授は,その多くの人手によるサービスが具体的にどんな価値を顧客に与えているのか不明だと批判しています。顧客への奉仕という言葉に逃げていると。そんな状態を放置するくらいなら,サービスを製品のようにマニュアル化し,機械化することで品質の安定性,効率性を追求した方が顧客のためには良いと結論しました。


レビット教授の指摘は,現代のサービスに従事する人々に自省を迫るものです。しかし,前回及び今回のコラムで主張しているように,サービスを製品化すること自体には,筆者は否定的です。先進国のGDPの8割をサービス業が占め,成熟した市場を前に,もう1970年代の「コモディティ最強論」に戻ることはできないのです。レビット教授の指摘をクリアにするためには,先程レストランの事例で考察したような,システマチックなサービス運営に取り組むことが有効でしょう。


ついでに指摘するならば,レビット教授は同じ論文の中で,「手ごろな価格のレストランであるのに,ドアマンやクローク係がいる」ことを批判しているのですが,筆者はそうとも言い切れない隠れた要素の存在を指摘したいと思います。レストランや物販店にドアマンを配置する理由として,次のようなことが考えられます。


a. 玄関付近における,故意も含めた転倒によるケガ,商品が破損した場合の“保険”

b. 万引きなどの防犯,警備

c. 高齢の顧客のフォロー


特にCは,差別化戦略として有効ですが,ただドアマンを配置すれば叶うことではない点には注意が必要です。

レビット教授は1970年代に既に,鋭い洞察力でサービスの弱点を指摘しましたが,もし今,レビット教授がご存命ならば,その洞察力を以て,筆者が主張する「サービス」による価値創造の重要性について賛同して頂けるのではないかと思うのです。


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現代は,「誰一人取り残さない」というキャッチフレーズのSDGs活動などが流行する多様性の時代です。それぞれの国,土地,個々人の文化(キャピタル)を尊重し,共生を目指す世界観が重視されています。

このことは,サービスの世界とも合致する概念です。100人の顧客の100通りのニーズを尊重し,その実現を支援する。多様性に応えるサービス姿勢が,これからの時代を生き抜くポイントになるでしょう。顧客の多様性に対応することは,ムダなどではなく,むしろ事業価値を高めることにつながると言えるのです。


更に追求すると,顧客だけではなく「従業員」の多様性にも対応する必要性が見えてきます。「インターナルマーケティング」の重要性です。これについては次回以降のコラムで考えてみましょう。



References

Levitt, T. (1976). Industrialization of service. Harvard Business Review, Harvard Business School Press. Sep-Oct. pp. 65-68.

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