• Tetsuo Kuboyama

Column: Hospitality Topics #1 post/with コロナ社会を生き抜くホテル事業戦略

更新日:6月2日

ホテル業界に大きな打撃を与えたコロナ禍は,ホテルという独特な事業特性を持つ事業において持続的経営を実現するために何が重要なのかを,我々に改めて示してくれた。限定経済下で持続的経営を支えるものは「顧客」の存在であり,顧客との長期的関係性によるCLV(Customer Lifetime Value:顧客生涯価値)の最大化によって事業を成立させることが肝要となる。すなわち,ホテル事業戦略のゴールは,総客室数と総収容人数に制約がある中で,いかにして「キャッシュフロー」「顧客の質と量」「ブランド力」(以下2C1B:Cash flow, Customer, Brand)(窪山,2021)を最大化するかということに尽きる。

当然のことながら,客室数300室のホテルは,その日にどんなに需要があっても300室以上の部屋を売る事はできない。ホテル事業とは,需要と供給のバランスに応じて施設や人員などの経営資源を増減させることが困難なビジネス。従って,この事業を成功させるためには,1室あたりの総合消費額を向上させ,かつ高稼働で運営することを追求しなければならない。だからといって,法外に高額な値段設定をしても顧客は定着しないことは言うまでもない。

1室あたりの総合消費額とは,客室及び料飲施設などの付帯施設利用の合計額を指す。これが年間を通じて高く,固定ファン(顧客)が存在し,ブランド戦略が成功しているホテルが事業性の高いホテルと言える。

昨今,日本のサービス業の低生産性の一因を売値の低さに求め,高単価設定を志向するべきとの潮流があるが,顧客が望む付加価値を構成すること無くして高額な価格を設定することは,市場原理を極めて危険な方向へ導くことに繋がる。顧客が十分に納得する価格とは,ホテルを構成する有形無形の付加価値すなわち,ハードウェア(建物・設備),ソフトウェア(サービス,商品),ヒューマンウェア(人材)が合理的かつ,顧客の嗜好・志向に合わせて構築されることが前提となる。さもなければ,新規参入及び競合ホテルへの対抗力,競争力が弱まり,顧客のスイッチングコストが低下することによる顧客離れ,更には,モチベーションの高い従業員の離散が生じることになる。1室当たりの総合消費額と稼働率を両立するためには,価格の整合性と,企業と顧客との相互信頼に基づいた長期的かつ互恵的な関係性を構築することが求められる。

ホテル市場はサービス産業の中でも,特に不安定要素(政治,経済,自然災害,風評,トレンド,顧客市場,労働市場等)への抵抗力が弱い。このことは2008年のリーマンショック,2011年の東日本大震災,そしてこのコロナ禍においても示されている。こうした背景から,今最も注目されているのがDX(デジタルトランスフォーメーション),すなわちデジタル技術による人手不足の解消,生産性向上である。post/withコロナ社会でも継続されるであろう非接触ニーズもあり,世論は次のようなコメントで埋め尽くされた。「サービスも人と人との接触をできるだけ避けるべきだ」「リモート会議の便利さを考えると移動の時間や費用がもったいない」「非接触はクリーンで衛生的である」「無料のサービス・コミュニケーションが増加したことは良いことだ」「人との接触が苦手な人にとっては良い時代になった」など,人間は非接触の便利さに魅せられているようだ。確かにデジタル技術は人間の不完全さを補う便利な存在である。人間はどうしてもミスをするし,記憶が曖昧になったり,体調が悪い日もある。しかし,デジタル技術は人間が人間にサービスする価値の本質には介入できない,ということを認識した上で,適切に活用しなければならない。

人が人にサービスする価値の本質とは,刻々と変化,進化・深化する顧客が求める価値を把握し,その実現を支援することである。

顧客の消費行動は,自身の価値観に沿って展開される。そして顧客が求める価値というものは,日々の様々な経験を経て,刻々と変化するものである。経験価値そのものが人生の糸を紡ぎ,壮大なタペストリーを形成して人生観を醸成していく。その延長線上に顧客が求める価値が存在する。デジタル技術は画一的なサービスをミスなく提供することは得意だが,顧客が従業員やサービスそのものと接した瞬間に生じる価値観の変化にまで反応し,サービスをそれに適応・変形させて提供することが可能だろうか。

更にホテルには,先述のハード,ソフト,ヒューマンウェアに加え,衣食住の要素があり,国籍や習慣の異なる人々とも共存する場所である。また,顧客自身のその日,その時の体調や来館目的の違い,同行者の違い,そして対応するホテルスタッフの技術レベルや相性の良し悪し等,顧客の価値観,ニーズの変化に影響する変数は無数にのぼる。昨日,ある顧客がとても喜んだサービスを今日提供したら立腹されるというケースも少なくない。一晩のうちに価値観を変化させるようなことが起こったのか,あるいはサービス提供者との相性に問題があったのか。それを的確に把握し,最終的に顧客の求める価値を実現するためには,顧客との直接的な接点を持ち,活用することが重要となる。非接触ブームの隠れたリスクはここにある。

顧客の獲得,維持,育成(Kotler, 1999)は企業にとって最大の懸案事項であり,これまで述べてきたようなリアルな顧客接点を活用することでその実現を目指すことは有効であると言える。しかし一方で,こうした戦略を非生産的であるとし,徹底的なコモディティ化(画一化)を推進するべきとの主張がある。その発端となる象徴的な議論は,1976年にレビットが唱えた「サービスの工業化」(Levitt, 1976)である。このロジックは,新規市場の開発とサービスの単純化,画一化による市場拡大には寄与するものの,先に述べた諸々の不安定要素に対しては無力に近いと指摘せざるを得ない。特に現在の多様化した価値観を有する成熟市場では,顧客の志向性も個別深化する傾向が進み,一律サービスは飽きられてしまう。更にコロナ後の世界では,より一層,個別社会が重要視されるとの予想が多くの科学者によって提示されている。

サービス実践の視点で考察すると,工業化,すなわち画一化は,顧客を形成するマーケティングではなく,顧客の流出を招き,競争力を低下させ,最終的にOperational Cash flowを低下させることにつながる。工業化論は,多様化や環境問題,LGBTQなどの現代の社会的問題に対応する術を持っていない。顧客戦略の要であるサービスの特性(Intangibility:無形性,Heterogeneity:異質性,Inseparability:不可分性,Perishability:消滅性) (Zeithaml et al., 1985)を直視せず,モノの属性から外れた要素を切り捨ててしまっている。

実際に,固定ファン(顧客)の獲得・維持・育成を重視することは単なるコスト増ではなく,企業の事業性を高めるということは,経験値として蓄積されつつある。例えば,サービスの利用客のうち約35%がアクティブな顧客によって占められていれば,マーケティングコストは激減する。少なくとも3メディア(paid, owned & earned media)の配分比率が変動することによる効率の良いメディアミックスの設定が可能になるからだ。

顧客の価値観と求めるニーズに影響を与える変数を無数に抱えるホテル。その付加価値を構成するハード,ソフト,ヒューマンウェアを最適化する,つまり顧客の獲得・維持・育成による1室あたりの総消費額の向上と高稼働の両立によるホテルビジネスの成功を実現するためには,サービスの実践力,理論力,経営力そして財務力(Practice, Theory, Administrative ability and Finance: PTAF)(原・窪山,2016)すなわちService capability(サービスの総合力)の蓄積が重要になる。

(次回に続く)


次回のHospitality Topics#2は4月中旬の配信を予定しております


References

原良憲・窪山哲雄(2016)「インテグレイティド・ホスピタリティによる:サービス生産性の向上に向けて」グローバルビジネスジャーナル 2(1), pp.1-8.

フィリップ・コトラー,木村達也(訳)(2000).『コトラーの戦略的マーケティング』ダイヤモンド社(Kotler, P. [1999] "Kotler on marketing" The Free Press).

窪山哲雄(2021).「価値共創型サービス・マネジメントの実践的フレームワークの創生

-サービス特性を焦点としたマーケティング研究-」京都大学学術情報レポジトリ.

Levitt, T. (1976). Industrialization of service. Harvard Business Review, Harvard Business School Press. Sep-Oct. pp. 65-68.

Zeithaml, V.A., Parasuraman, A.P. & Berry, L. B. (1985). Problems and strategies in service marketing. Journal of Marketing. 49(2), pp.33-46.

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