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Tetsuo Kuboyama

テーマパークとホテル② なぜIRは持続的なエコシステムになり得ないのか―新しいIRコンセプト「IHR」の提案

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<要旨>

①カジノを収益の基盤とするIRのビジネスモデルが成功するとは考えにくい

②異分野の企業同士の垣根が低くなるサービスの時代においては,他社との協業,価値共創が更にダイナミックに進展し,新たな価値が創出される

③目指すべきIRとは「インテグレイティド・ホスピタリティ(IH)」のコンセプトで協業する企業によって構成される「IHR: Integrated Hospitality Resort」であり,それは人生100年時代を豊かに過ごす街づくりの基礎となる


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前回のコラム(#5 テーマパークとホテル①キャッシュフローの源泉はインターナル・マーケティングにあり)で触れたハウステンボスは,テーマパークのコンセプトとしては時代を先取りする要素を持っていた。長崎オランダ村からハウステンボスに継承されたそのコンセプトは「動植物との共存,エコロジーとエコノミーの両立」(橋村,1990)。現在のSDGs概念を先取りするものであったと言える。園内の建築物に使用するレンガはオランダ本国から取り寄せ,設計も緻密に再現する本物志向だ。石垣はブロックではなく,あえて凹凸のある石を使うことで水辺の微生物を守り,水質を向上させていた。窓には虫よけとなるキク科の植物を置き,余分な化学薬品の使用を控えた。こうした伝統の知恵を実践する一方でハイテク技術も活用し,園内の汚水処理の他,海水を浄水に変える機器は水不足の際に活躍した(源関,1992他)。東京ディズニーランドが,すかっと爽やかな「コカ・コーラ型」だとすると,ハウステンボスは時間をかけて熟成する「ワイン型」だと思った。バブル期の日本国内には多くのテーマパークが作られたが,それらとは異色だった。新しいテーマパークの在り方への問題提起だったと思う。


私は,現在主流のモデルとなっているIR(Integrated Resort:統合型リゾート)すなわち,カジノ,ホテル,劇場,国際会議場や展示会場などのMICE施設,ショッピングモールなどが集まった複合施設(JTB総合研究所)の事業としての成功について,懐疑的に見ている。ラスベガスやシンガポールをひな形としたカジノ収益を中核とする事業構造が通用するだろうか。そもそも,AI,センサー,画像処理技術などが高度化する中で,カードやスロットゲームにおける不正を完全に防止できるだろうか。競馬など,生き物の非再現性が関与するゲームでなければ,成立しないのではないか。加えて,広大なMICE施設も箱モノビジネスの弱みを抱える。国際会議を常に受注できる体制がなければ持て余す。持続的なビジネスモデルの設計が不可欠だ。そこで応用できる可能性を感じるのが「インテグレイティド・ホスピタリティ(IH)」(原・窪山,2016)概念だ。この概念を応用したカジノ抜きの複合リゾート,IHR(Integrated Hospitality Resort)を提案したい。


「IH」とは,無形資産としての「ホスピタリティ」を中核として,価値を創出・伝播・持続させるビジネスモデルの構築を目指す新しい概念だ。“無形資産としての”という表現をより具体的に述べると,それは企業の競争力の源泉となるノウハウやアイディアだ。更に言うと,「ホスピタリティ」という言葉は,“心をこめたおもてなし”ではなく「相手(顧客)の志向・嗜好に臨機応変する」あるいは「マニュアルを超えたサービス」の意味で使われる。顧客は常にその価値観を変化させている。以前喜ばれたサービスを繰り返し提供しても喜ばれなかったり,叱られたりすることすらある。その顧客の価値観の変化を捉え,即興的にサービスを繰り出していくことすなわち「ホスピタリティ」を実行することで,顧客の信頼を得て,固定客化を実現していく。「ホスピタリティ」が競争力の源泉になると言えるのはこのためだ。このことは,他の産業でも当てはまる。例えばITを活用したサービスは便利ではあるが,真似されやすいのですぐに陳腐化してしまう。どのように差別化を図るかが重要課題となるからだ。


この「ホスピタリティ」の具体的な内容は業種や企業によって様々だが,顧客の価値実現を目指すという共通目標のもとに統合されることで,また新たな価値を創出することができると考えられる。


例えば,高級ホテル運営というのは,24時間365日休みなく衣食住に絡むサービスが展開されるため,多彩な年齢層と職種に従事する従業員が働き,急病人対応や多言語対応を含めたセキュリティ体制が整備され,かつ富裕層ニーズについての情報とノウハウが蓄積されている。これらの要素を病院やレジデンス,教育機関等の異業種分野において活用することで,顧客の生活空間を充実させることができる(図1)。


図1 高級ホテルを中核とした「インテグレイティド・ホスピタリティ」イメージ


病院の場合は,ホテルの接遇ノウハウを応用することによる顧客接点の質の向上,レストランとの連携による食の質の向上,レジデンスの場合は,富裕層のライフスタイルを設計に反映することで国際水準の高級マンションを企画できる。教育機関に対しては,特に高等教育機関との連携を中心に,サービスマネジメント手法開発に貢献できるだろう。


このような「IH」概念を応用したリゾート開発コンセプト「IHR」は,その地域の特色を生かしながら,単なる“箱モノ”ではなく,人々の生活空間を巻き込み,持続的な発展を視野に運営されるものである。その地域でコアとなる産業をけん引役として様々な企業が「ホスピタリティ」の切り口で協業することは,人生100年時代を豊かに過ごすための街づくりの基礎ともなる。トヨタ自動車㈱が静岡県で取り組んでいる「Woven City」は未来の自動車構想を得るためのプロジェクトとしてユニークだ。全てのモノ,ヒト,情報をつなぎ究極の手ぶら生活も夢ではないとされる。トヨタ社をHUBとして,そこには様々な異業種企業も参画している。ここに「ホスピタリティ」の要素を組み込むことで,より充実した街づくりが実現できるだろう。


References

源関隆(1992).「地球人 自然との共生を目指す街の“教祖”」『日本経済新聞』8月17日1面,日本経済新聞社

橋村晋(1990).「インタビュー流通 長崎オランダ村社長神近義邦氏,理想的な環境追求」『日経流通新聞』4月28日9面,日本経済新聞社

原良憲・窪山哲雄(2016). 「インテグレイティド・ホスピタリティによるサービス生産性の向上にむけて」『グローバルビジネスジャーナル』2(1), pp.1-8.

JTB総合研究所 観光用語集

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